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ランドセル屋さんの革製品ブログ

2人の王子と
8つの長財布

2019年3月5日

長財布

ある日の朝、「ランドセルじゃないほう」の王子は森の中を散歩していました。

「次のブログは何を書こうかな。」物思いに耽って沼地も通り過ぎたところで、〈千歳緑・束入れ 36,000円(税別)〉を落としたことに気づきました。少し道を戻りながら辺りを探しましたが、見つかりません。お気に入りだったので、がっかりです。

注釈)「束入れ」とは、男性用長財布で小銭入れのついていないタイプです。「札入れ」とは同じ機能で2つ折りのタイプをいいます。

突然、沼の水面がざわついたかと思うと、

「バイカラー」, OR 「NOT バイカラー」: that is the question.

キラキラキラッ、ザザーッ
水面が光り輝いて、ド金髪の女性が現れました。
水の中に居たにも関わらず、髪はサラサラです。何故か、両手に長財布を持っています。

女性「貴方が落としたのは、この〈赤銅色・束入れ 36000円(税別)〉ですか?それともこっちの〈焦がれ色・束入れ 36000円(税別)〉ですか?」

王子「ご親切にありがとうございます。でも、どっちも違います。僕の落としたんは、〈千歳緑・束入れ 36,000円(税別)〉なんです。」

女性「貴方は正直ですね。では、この〈赤銅色×焦がれ色 束入れ(バイカラー・スリム)29,000円(税別)〉をあげましょう。」

王子「ええっ、ちゃいますって。」

問答無用、女性は両手に持っていたのとはまた別の〈赤銅色×焦がれ色 束入れ(バイカラー・スリム)29,000円(税別)〉をササッ、と出したと思ったら王子の手に投げ渡し、とっとと消えてしまいました。

「バイカラー・スリム」ってなんのことやろう、と思いながら王子が束入れを開けると、中央部分が配色になっています。
これは、思いがけず素敵なお財布です。ちょっと得した気分。
スリム、というのはカードポケットの数を減らしたことや簡素化された内装で、薄く仕上がっていることを言っているのでしょう。

がしかし、落とした束入れに入っていたお金やらカードやらは女性がガメてしまったようです。そして、もとのお財布のほうが上代は上回っていたのです。
王子「しまった!」

「小銭入れ付き」, OR 「NOT 小銭入れ付き」: that is the question.

その日の午後です。

「ランドセルなほう」の王子は森の中を散歩していました。

(中略)

キラキラキラッ、ザザーッ
水面が光り輝いて、大きなアフロヘアの女性が現れました。
水の中に居たにも関わらず、髪はパンチが効いています。何故か、両手に長財布を持っています。

女性「貴方が落としたのは、この〈黒い束入れ〉ですか?それともこっちの〈黒い束入れ〉ですか?」

王子「ご親切にありがとうございます。確かに、僕が落としたんは、〈憲法黒・束入れ 36,000円(税別)〉です。せやけど、ここから見るだけではどっちが僕のんかわかりません。」

女性(急かすように)「どっちですか?当ててご覧なさい。」

冷静な王子は、少し考えてからこう答えました。
王子「違いがわかるように、横からも見せてもらえます?」

女性「横からやったら、ええで。」

王子「僕の〈憲法黒・束入れ 36,000円(税別)〉は、カードポケットが12付いてて、内側も最大限に鹿革をつかった贅沢な仕様やし、こっちのちょっとだけ『スリムじゃない方』です!」

女性「貴方はするどいですね。では、この『今の所は店頭販売限定』の〈憲法黒・長財布(小銭入れ付き)36,000円〉をあげましょう。」

王子「ええっ、ちゃいますって。」

問答無用、女性は両手に持っていたのとはまた別の『今の所は店頭販売限定』な〈憲法黒・長財布(小銭入れ付き)36,000円(税別)〉をササッ、と出したと思ったら王子の手に投げ渡し、とっとと消えてしまいました。

「今のところは店頭販売限定」ってなんのことやろう、と思いながら王子が長財布を開けると、ファスナー開閉の小銭入れが付いています。女性がこれを「束入れ」と呼ばなかったのも道理です。
小銭入れが付いている分、便利といえば便利。
でも、王子はお気に入りの小銭入れを使い続けたいので、複雑な心境です。

そして、落とした束入れに入っていたお金やらカードやらは女性が失敬してしまったようです。
王子「しまった!」

お財布以外に、このお話で得られたものとは?

寓話には教訓がつきものです。
このお話の教訓は、もう皆様おわかりですね。

え?なんですって?

正直者は得をする、っていう話やったはずが変なオチになってるで?
王子は2人共正直やったのに、なんで微妙に損してはるのん?

もしかして、この「2人の王子と8つの長財布」をもとに、わかりやすく(通俗的に)アレンジして流布している「金の斧と銀の斧」の話をしておられますか?

チッチッチッ(人差し指振っています)。
思い違いをしておられます。あの「キンオノギンオノ」はほんまに、なっとらん。

人間がいつも正直であるべきなのは、正直ならば得をするから、ではありません。
正直であるべきなことに、理由なんか無いのです。ただそういうものなのです。

子どもたちにお話をきかせるために強いて理由をつけるにしても、「得をするから」などという物質主義的な理由で説明するべきではありません。そんな話が響く子供は、野比のび太くらいなものです。あと、スネ夫とジャイアン。しずか。結構いてるな。

納得のいかない大人のために敢えて説明を加えるとしたら、反対に「一生嘘を付き続ける」ことを想像してください。めっちゃ疲れます。辻褄を合わせ続けるためには相当な知能と労力を必要とします。

あれっ。おかしなことに気づきました。「いつも正直である」の正反対は、「一生嘘を付き続ける」ことで正解なのでしょうか。「時々嘘も付いておく」ではないでしょうか。訳がわからなくなりました。どうしましょう。

狼狽する私をよそに、2人の王子は流石にしっかり者、このお話の核心をとうに捉えていました。

夕食の席で顔を合わせた2人は、同じ日に2人共似たような目に遭ったことを知り、驚きました。曰く、

「今度から森に散歩に行くときは、お財布持っていくんやめような。」
「ほんまやな、どうせお店一軒もあらへんもんな。」

鞄工房山本 二見

筆者プロフィール

名前:二見

大阪府出身 京都大学卒業 ヨーロッパで靴の仕事を12年間経験したのち帰国
バッグメーカーなどを経て2018年8月より現職
好きな文筆家は森鴎外、Albert Camus
好きなミュージシャンは Jimi Hendrix、Cream